アンキアライン洞窟動物における集団間の遺伝的交流 狩野泰則°・加瀬友喜(国立科学博物館 地学研究部)
アンキアラインanchialineとは、海岸から数十メートル?数キロメートル内陸に位置するにもかかわらず、地下で海と連絡している汽水の水塊をさす。このうち地下に存在しアンキアライン洞窟と呼ばれる環境からは、甲殻類などの特異な分類群が多数発見され注目を集めている。不思議なことに、これら洞窟にのみ生息し皮膚の色素や眼が退化した分類群(属や種)は、しばしば極めて広い地理的分布を示す。これに関して1970年代より議論が盛んであるが、ほとんどの説-大陸移動に伴う拡散、深海からの多数回進出など-はアンキアライン洞窟動物の海洋における拡散能力をごく限られたものとみなす。
今回、フィリピンの2つの島において見出されたコハクカノコ属(アマオブネ上目コハクカノコ科)の1未記載種について、mtDNAのCOI遺伝子塩基配列を用い、アンキアライン洞窟の動物として初の個体群解析を行った。同種は退化した眼と白い殻・皮膚をもち、真洞窟性動物に分類される。2島は直線距離で180km離れているうえ、水深300m以上のボホール海峡で隔てられているため最終氷期にも陸続きとはなっていない。ところが本解析により、2島の集団が極めて頻繁な遺伝的交流をもつひとつの氾生殖個体群であることが明らかになった。
河川に生息するコハクカノコ属の諸種は両側回遊を行う。すなわち、孵化した幼生が川を下り、海での浮遊幼生期をおくったのち河口で着底・変態、幼貝が遡上する。このため種の地理的分布は極めて広い(Kano
& Kase, submitted)。この両側回遊という生活環こそがアンキアライン洞窟進出にあたっての前適応である。アンキアライン洞窟動物の初期発生はほとんど調べられていないが、同環境に固有なエビ・カニ・魚の多くでは、近縁種に両側回遊を行うものが知られている。
Kano, Y. & T. Kase: Genetic exchange between anchialine-cave populations by means of larval dispersal.