異旋現象とは、異鰓類の幼生殻から後成殻が形成される際に起こる、貝殻の巻き方向が左から右に逆転する現象である。発表者らはこれまで、トウガタガイ類を始めとする異鰓類貝類を産卵させ、発生を観察することにより異旋現象の始まりから終りまでの過程の観察を目指してきた。しかし、飼育条件下では浮遊幼生期や匍匐幼貝期の飼育が困難なことから、これまでは異旋現象のごく初期までを確認できたに過ぎなかった。そこで、今年度は千葉県館山市および山口県油谷町の潮間帯にて、転石裏のカンザシゴカイ群集に生息するレモンクチキレモドキを1〜1.5ヶ月おきに定量採集し、できるだけ多くの成長段階の個体を採集することにより、飼育に頼らず異旋現象の進行過程を明らかにすることを試みた。その結果、未孵化幼生から老成貝までのあらゆる段階の個体を入手することに成功し、これにより、自然界で異旋現象が進行する一連の過程を確認することができた。また、調査機会ごとに各成長段階の個体数を集計したところ、異旋現象中の匍匐幼貝は5月〜6月を挟む最長3ヶ月に亘って出現していることが分かった。定量採集調査は現在も継続中であるが、少なくともこれまでの結果から、本種では春〜初夏に匍匐幼貝が出現し異旋現象を起こすものと考えられる。なお、トウガタガイ類の異旋現象の一連の過程が提示されるのは、Thorson (1946)が北欧産のOdostomia turrita Hanley, 1844の異旋現象中のいくつかの段階の個体を図示して以来のことである。
Shigeo Hori & Reiko Kuroda: Observation on the process of the heterostrophy in Odostomia hirotamurana Nomura, 1938 (Gastropoda: Heterobranchia: Pyramidellidae)