カサガイ類の分子系統と生物地理
中野智之°・林　誠司小澤智生（名古屋大学・院・環境学研究科）

最も原始的な巻貝類であるカサガイ類は、熱帯から極域の浅海から深海まで広く生息している。カサガイ類の本格的な系統学的研究としては、最近南アフリカから北ヨーロッパの大西洋東岸を中心に分布するカサガイ類8属43種についての分子系統学的研究（Koufopanou et al., 1999）が、また形態情報の分岐分析によるPatellidaeを中心とした系統関係の解明がRidgway et al. (1998)により行われている。そこで、本研究では日本産カサガイ類を中心とした北太平洋種群の分子系統解析を試みることで、大西洋と太平洋に分布するカサガイ類の系統関係と生物地理を明らかにすることを目的とした。
　北太平洋より得られた12属50種のミトコンドリアDNAの12S-rRNAおよび16s-rRNA領域の一部（合計約830塩基対）の配列を決定し、既知の大西洋種群のデータを含め分子系統学的解析を行った。その結果、主に大西洋の種からなるクレードと太平洋の種からなるクレードの2大クレードが認められ、それぞれが3つのサブクレードで構成される事が判明した。化石記録を参照し分岐年代を推定したところ、これらのクレードの形成には、プレートテクトニクスによる中生代以降の古地理の変遷が密接に関係していることが分かった。

Nakano, T., Hayashi, S. & Ozawa, T.: Molecular phylogeny and biogeography of the limpets of the order Patellogastropoda (Gastropoda: Prosobranchia).