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貝類の本の紹介

干潟ベントスフィールド図鑑

2020年2月10日

干潟ベントスフィールド図鑑
鈴木孝男・木村昭一・木村妙子・森 敬介・多留聖典 著
(特定非営利活動法人日本国際湿地保全連合)

日本ベントス学会(編)(2012)「干潟の絶滅危惧動物図鑑」(東海大学出版会)に類似して,それよりもコンパクトな干潟のベントス(底生動物:貝,カニ,ゴカイの仲間など)の写真図鑑が刊行された。本書は「絶滅危惧種」を特に取り上げたものではなく,干潟でベントス調査を行う際に比較的頻度が高く出現するような種(普通種を主体)をできるだけ多く掲載することを念頭においたものである。豊かな干潟には絶滅危惧種が少なからず出現するので,一見「干潟の絶滅危惧動物図鑑」と「類似」するが「相互に補完できる」ものである。本書は干潟の調査時に携帯できるほどハンデイな造本であること,市民参加型の「干潟生物市民調査法」の手法を加えて(例えば,ベントス調査表を巻末に表示)編纂されていることなどが特徴の一つでもある。本書には南西諸島(屋久島,種子島以南)を除く全国の干潟で見られる主なベントスを写真(標本,生体,生態)で示し,それらの種の解説で種の識別や同定ができるように書かれているが,本書を使いこなすにはベントスについてのそれなりの知識が必要である。写真には同定するためのポイントが適宜示されているものの,さらに同定ポイントがもっとあった方が親切だったかもしれない。しかし,限られた紙面では無理な注文であろうか。

本書では492種+比較種8種=500種が掲載されている。分類群の詳細を示すと,軟体動物251種(50.2%)(多板綱 5種(1%),腹足綱 141種(28.2%),二枚貝綱 105種(21%)),十脚綱(エビ・カニ)93種(18.6%),多毛綱(ゴカイ)54種(10.8%)と続き,これらで全体の約80%を占めている。

各種の解説は,写真の番号,和名(科名),学名,写真の掲載ページ,外来種・希少種の指定状況(環境省,日本ベントス学会)を示すとともに,各種の特徴・区別点を解説している。軟体動物は木村昭一氏と木村妙子氏が,軟体動物以外は鈴木孝男氏,森 敬介氏,多留聖典氏が担当している。写真の説明では,それが採れた所,撮影された所が明記されていることもうれしい。「干潟の絶滅危惧動物図鑑」でもそうだったが,干潟の軟体動物の中ではカワザンショウガイ科が7種掲載されている。これらの属位には“”が付記されているものもあり,今後の研究によっては属位の変更もありうることが示唆されている。また,干潟での保全の対象として重要なオカミミガイ科(9種)の現状の生息・分布状況は貴重な情報であろう。二枚貝綱では「干潟の絶滅危惧動物図鑑」では33種と比較的多かったニッコウガイ科が11種,さらに34種もあったウロコガイ科は3種(マゴコロガイをウロコガイ科として扱うと4種)になっていて,その差が著しい。これはウロコガイ科に比較的希少種が多いので,今回の図鑑では掲載にいたらなかったのだろうと推測する。今回の図鑑では,ハマグリに対しては,比較種のチョウセンハマグリ,シナハマグリ,ミスハマグリが図示(解説)されていることも注目したい。

本書は一般に市販している。しかし,ほぼ同様な内容の本が非売品で発行されていて(鈴木・他,2009(東日本編なので掲載種は比較種6種を含めて214種); 鈴木・他,2013),本文中の写真や解説はほぼ同じであるが,比べてみると多少の違いは随所にみられる。鈴木・他(2013)の表紙写真は,8枚の写真を組み合わせて,代表的ベントス動物を配置し,その裏表紙には種名を書いているものの,本書の表紙には6種の写真を配しているだけで,本のどこにも種名の記述がない。鈴木・他(2013 : 238-247)の第3部“干潟ってどんなところ”の章が本書を読む時に,有益な情報と考えられるので,再録してほしかったという印象をもった。なにはともあれ,各地で干潟が失われていく昨今であるが,その干潟に生息する貴重な生き物にスポットを当てた本書の刊行を喜び,その保全を考えていく一歩としなければならない。

引用文献

  • 日本ベントス学会(編)2012. 干潟の絶滅危惧動物図鑑 —海岸ベントスのレッドデータブック—. 285pp. 東海大学出版会, 東京.
  • 鈴木孝男・木村昭一・木村妙子. 2009. 干潟生物調査ガイドブック~東日本編~. 120pp. 特定非営利活動法人 日本国際湿地保全連合, 東京.
  • 鈴木孝男・木村昭一・木村妙子・森 敬介・多留聖典. 2013. 干潟生物調査ガイドブック~全国版(南西諸島を除く)~. 269pp. 特定非営利活動法人 日本国際湿地保全連合, 東京.

(紹介者:湊  宏)

出版社ウェブサイト:
https://japan.wetlands.org/ja/出版物/干潟ベントスフィールド図鑑/

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