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貝類の本の紹介

幡豆の海と人びと

2020年2月10日

幡豆の海と人びと
石川智士・吉川 尚 編
(大学共同利用機関法人 人間文化研究機構 総合地球環境学研究所)

幡豆(はず)とは愛知県東部の三河湾に面する西尾市東部地区を示す。本書は,東海大学海洋学部と総合地球環境学研究所が西尾市役所や地元の漁協の協力によって,この地域で6年間にわたり実施してきたフィールド調査の成果を刊行したものである。構成は3部からなり,22名の著者が分担執筆を行っている。第1部は幡豆の人々と海の関わりの歴史と営みを,「海の文化遺産」と言われる歴史的な遺構等を紹介するとともに,漁業と水産資源などについても言及している。第2部は幡豆の海に暮らす「生きものたち」にフォーカスして,長年のフィールド調査の成果(例えば,プランクトン,藻場,魚類,貝類,干潟の生態系など)をまとめているが,ここが本書においては総数210ページを占めており,郷土の詳しい生物誌になっている。第3部はこれまでの幡豆の研究成果を基にして,「これからの海,これからの幡豆」のタイトルのごとく,環境教育について語られ,漁協との関係のもとでの環境教育の可能性を模索している。東海大学がこの幡豆地区で果たす役割などについても熱く語られていて多くの示唆に富んだ提案もされている。紹介者は貝類研究に従事しているので,第2部の「貝類関係」にしぼって紹介したいと思う。

「3章:藻場/4:藻場の葉上巻貝類(早瀬善正・吉川 尚)」では小型種としてシマハマツボとモロハタマキビを取り上げて形態学的,生態学的な解説をしているが,モロハタマキビについては本誌でも掲載された経緯がある(早瀬・他, 2016)。「5章・貝類/1:岩礁帯の貝類」としてアオガイ類(大貫貴清・早瀬善正),「2:転石帯の貝類」としてヤマトクビキレガイ,ウスコミミガイ,ヒナユキスズメ,微小な巻貝(イソコハクガイ,ナギツボ,ワカウラツボ科,イシン属,ウロコガイ類)などが登場する(大貫・早瀬)。「3:共生・寄生生活をする貝類 (大貫・早瀬)」「4:陸産貝類」では三河湾の前島,沖島で確認された陸産貝類を報告しているが,前島からは5種,沖島からは10種を記録している(大貫・他, 2015)。なかでも愛知県絶滅危惧1A 類に指定されているトカラコギセルの沖島からの37年ぶりの再発見の報告には賞賛をおくりたい(大貫・早瀬)。「6章・干潟を巡る生態系」では東幡豆のトンボロ干潟の潮干狩りでみられるアサリ,シオフキ,バカガイなどが登場する。また,干潟における食物連鎖や干潟の生息する二枚貝の遺伝的多様性,三河湾の貝類相の変遷など幡豆地区の浅海産貝類にかかわる示唆に富んだ内容がいっぱいつまっている。

なお,本書と時を同じくして石川・仁木・吉川(編):「幡豆の干潟探索ガイドブック」が刊行されているので,これを持ってフィールドに出かけ三河湾などの干潟探索を楽しむ機会が増えてほしいと願いたい。

本書などは非売品であるが,PDF 版は以下のアドレスから無料でダウンロードができる(http://www.chikyu.ac.jp/CAPABILITY/books.html)。このウェブサイトは,2016年度末のプロジェクト終了後も数年間は存続する予定であり,他のサイトでも恒久的なダウンロードができるように準備中との事である。

引用文献

  • 早瀬善正・中島 匠・種倉俊之・吉川 尚・松永育之. 2016. 三河湾に生育するモロハタマキビの形態的特徴と初期生活史. ちりぼたん 45: 214-226.
  • 石川智士・仁木将人・吉川 尚(編). 2016. 幡豆の干潟探索ガイドブック. 81pp. 総合地球環境学研究所, 京都.
  • 大貫貴清・佐藤拓也・木村昭一・早瀬善正・吉川 尚. 2015. 沖島と前島(愛知県西尾市東幡豆町)の陸産貝類. かきつばた (40) : 39-42.

(紹介者:湊  宏)

発行者ウェブサイト:
http://www.chikyu.ac.jp/CAPABILITY/books.html

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