貝のQ&A
2024年4月14日
- もくじ
- 0:「はじめに」中野智之(京都大学 瀬戸臨海実験所)
- Q1:「貝の魅力とはなんですか?」寺本沙也加(岩手県水産技術センター)
- Q2:「貝の名前を調べるにはどうしたら良いですか?」中野智之(京都大学 瀬戸臨海実験所)
- Q3:「カタツムリの『ツノ』とはなんですか?」西 浩孝(豊橋市自然史博物館)
- Q4:「カタツムリはどうやって飼うのですか?」西 浩孝(豊橋市自然史博物館)
- Q5:「他の貝を利用する貝はいるのですか?」中山 凌 (青森県産業技術センター)
- Q6:「貝の栄養分が豊富な時期はあるのですか?」岩崎敬二(奈良大学文学部)
- Q7:「性転換する貝はいますか?」安岡法子(大阪府立環境農林水産総合研究所 水産技術センター)
0:「はじめに」
四方を海に囲まれる日本において、海産物とりわけ貝類が食卓に登ることは珍しい事ではありません。私自身、貝を食べることは苦手でほぼ食べませんが、子供の頃にアサリやシジミが味噌汁の具として入っていた事が記憶にあります。しかしながら貝類そのものの形態や食性、生態の多様性を知らずに食べている人の方が多いのではないでしょうか?また各地でお母さんがどんなに悲鳴をあげようとも、子供の初期成長の中でカタツムリやダンゴムシは避けて通れない生き物でしょう。そうすると意識している、意識していないに関わらずどこかで貝とすれ違い、様々なところで小さな疑問や大きな疑問に出会っているはずです。
このQ&Aのコーナーでは、貝の初学者の方々からよく聞かれる質問とそれに対する回答を掲載しました。ここに掲載したもの以外のQ&Aについては『貝の疑問50』(日本貝類学会編集、成山堂書店発行、2023年)に掲載されていますので、そちらを参考にして頂ければ幸いです。また、それぞれの疑問への回答は、日本貝類学会としての統一見解ではなく、それぞれの執筆者の見解に基づいたものです。貝類は非常に多様な分類群ですが、貝類学者も非常に多様です。同じ疑問に対する回答も研究者によって違う切り口で回答してくれるかも知れません。同じ疑問をいろいろな研究者にぶつけてみると面白いかも知れませんよ。
中野智之(京都大学 瀬戸臨海実験所)
Q1:「貝の魅力とはなんですか?」
A1:貝は私たちにとって魅力的な生き物です。その魅力は筆舌に尽くしがたく、皆さんそれぞれがさまざまな貝の魅力を感じていることと思います。これは、貝という生き物が無限の切り口を持っているからだと思います。多様な形や色1,2)、生存戦略3, 4, 5, 6)、多様な生息域と生き方7, 8, 9)、産業利用10, 11, 12, 13, 14)など、どこを切り取っても私たちの知的好奇心を刺激します。
このうち、私たちが一番に心を惹かれるのは、美しさや多様な形態であることは間違いありません。貝は世界中に少なくとも約84,000種、日本には約11,600種はいるだろうと考えられています15)。種とは何かという問題はさておき、ポケットモンスターのポケモンが1,025種(2024年1月時点)、ドラゴンクエストモンスターズのモンスターが1,600種(2012年時点)であることと比べれば、貝の種類の多さに驚くのではないでしょうか。筆者は、貝類研究はロールプレイングゲームに似ていて、「ニホン地方」だけで既存のゲームの10倍以上の多種多様な貝と出会えるのはお得だと思っています。そうと分かれば、ゲームの主人公のように冒険に行きたくなるのが人間の性です。貝を探しにダンジョンへ、いやフィールドに一歩踏み出してみると、貝を探す楽しさに気が付くでしょう8, 16, 17, 18, 19)。海や山や川など、その環境によって生息する貝は異なります。そして、その生息環境を生き抜く多様な形や色の貝を見つけると、その生存戦略に胸が高鳴り、貝を集める楽しさに気が付くでしょう。
沖縄の海岸で空気タンクを背負って日没後の真っ暗闇の海へ潜ると、岩の隙間に目を引くいぼいぼの塊を見つけることがあります(図1)。これはいったい何だろうと顔を近づけると目がチカチカするような外套膜がぎゅっと縮み、光り輝く「タルダカラ」が現れました。この特徴的な外套膜は保護色となり、捕食者から身を守る役割があります。よくドロップの崖下にハンマーで叩き割られたようなタカラガイ類の割れ殻が落ちていますが、これは魚類に食べられたものです。タカラガイ類の割られた殻を観察すると、殻の外側は分厚くて、殻口は狭くてギザギザになっていて、捕食者の攻撃から身を守る砦のような構造をしていることが分かります。
底曳漁船に乗って海底を曳いた網を揚げると、大量の底魚とともに、仏具の輪宝に似たトゲトゲの貝が混獲されることがあります。殻表に付着したスナギンチャク類を取り除くと、これは桃色の光沢を放つ「リンボウガイ」であることが分かります(図2)。底曳漁では様々な種類の貝が混獲されますが、一部の貝は船の揺れに合わせてゴロゴロと甲板を転がってきます。一方、リンボウガイは船が揺れても転がっていきません。螺層の周縁に沿って放射状に伸びた約8本のとげは、体を安定させ、ひっくり返らないようにする役割を持っています。日本貝類学会のシンボルマークにもなっている本種は、一昔前は和歌山県の漁港などに山のように捨てられていたという話しを聞きますが、近年はそのような光景を見ることはできません。貝は採れるときに採っておくことが重要です。
黒潮の影響がある海域で、岸寄りの季節風が吹く時期に浜を探すと、波打ち際に青紫色に輝く「アサガオガイ」を見つけることができます。アサガオガイ争奪戦は早朝から始まる激戦で、手に入れるには一番の敵である鳥たちに勝たなくてはなりません。加えて、漂着してすぐに拾わないと、独特で強烈な腐敗臭を発し、すぐに蛆が湧きます。乾燥してミイラになっていればよいですが、この貝を拾うということはほとんどが匂いも拾うということになるでしょう。それもまた一興です。
ロールプレイングゲームでは、様々なモンスターとエンカウントすることで図鑑を埋めてゆき、出現するモンスターの全種コンプリートを目指しますが、貝には図鑑に載っていない未記載種が数多く存在します。つまり、現実世界では未記載種に自分で名前を付けて図鑑のページを増やす楽しみがあるのです。貝類研究は、現実世界でプレイする完全クリアや全種コンプリートのないゲームです。人生は有限ですが、貝を知る楽しさに気が付くと、新しい知識は新しい欲を生み、貝を知りたいという欲が無限に広がっていきます。正気でいると辛く苦しい人生には、何かに夢中になれる時間が必要です。貝の魅力に気が付くと人生は華やかに楽しくなると筆者は思います。
寺本沙也加(岩手県水産技術センター)
参考文献
- 1)西 浩孝:Q8世界最大の貝、最小の貝は何ですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,32-34 (2023).
- 2)石川牧子:Q10アサリはなぜあんなに多様な模様があるのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,37-39 (2023).
- 3)近藤康夫:Q16貝の寿命はどのくらいですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,60-63 (2023).
- 4)中野智之:Q18貝は何を食べているのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,68-71 (2023).
- 5)奥谷喬司:Q19 飛ぶ貝、泳ぐ貝はいますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,72-74 (2023).
- 6)高野剛史:Q21 寄生貝と寄生虫はどう違うのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,78-80 (2023).
- 7)西 浩孝:Q23カタツムリは梅雨の時期以外、どこで何をしているのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,86-88 (2023).
- 8)近藤高貴:Q24川や池や湖にも貝は棲んでいるのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,89-92 (2023).
- 9)藤倉克則:Q27深海にも貝は棲んでいますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,101-103 (2023).
- 10)大越健嗣:Q34養殖されている貝はありますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,130-133 (2023).
- 11)石川謙二:Q35寿司ネタに利用される貝にはどのような種類がありますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,134-137 (2023).
- 12)松岡敬二:Q38貝殻がお金の代わりに用いられていたって本当ですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,145-148 (2023).
- 13)松岡敬二:Q39貝から染料が取れるのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,149-151 (2023).
- 14)AKI INOMATA:Q41貝殻はアートとしても利用されているのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,155-158 (2023).
- 15)岩崎敬二:Q6貝の仲間は、世界と日本にどのくらいいますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,23-26 (2023).
- 16)柏尾 翔:Q30ウミウシも貝?どうすれば観察できるのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,112-115 (2023).
- 17)山崎友資:Q31クリオネも貝?絶滅の危機?どうすれば観察できるのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,116-119 (2023).
- 18)木村昭一:Q47貝を見つけやすい場所はありますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,179-184 (2023).
- 19)中野智之:Q48貝の採集や観察に役立つ道具はありますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,185-187 (2023).
Q2:「貝の名前を調べるにはどうしたら良いですか?」
A2:そんなの写真に撮ってGoogleレンズで検索すれば名前ぐらいすぐに分かっちゃうでしょうと思っても、よほど特徴的なものは検索できるかも知れませんが、きっとクサイロアオガイとカスミアオガイの違いは分からないでしょう。じゃあ図鑑で調べようと思ったとしても、全く予備知識無しで始めると図鑑を1ページ目から開いて順番に絵合わせをする事になります。それでも頑張ると言っても、「日本近海産貝類図鑑」1)で調べようと思うと2分冊になっており、図版711ページ、解説1375ページあり、カタツムリのような陸貝にはさらに別の図鑑「カタツムリハンドブック」2)、ウミウシには「日本のウミウシ」3)が必要です。途方も無い絵合わせをするぐらいなら、まずはじめに貝類の大枠の知識を付けてしまうのが良いと思います。
貝類とは軟体動物門に属する動物というのが正確な表現になりますが、軟体動物門には貝殻を持つものと、貝殻を持たないものがいます4)。動物の分類において、「門」をさらに細かく分けていくと、綱、目、科、属、種と分けられます。軟体動物門は8つの綱で構成されており、「綱」のレベルで説明すると、溝腹綱と尾腔綱は、細長い虫状で貝殻は持っていません。多板綱はヒザラガイの仲間で扁平な身体で背中に8枚の貝殻を持ちます。単板綱は1枚の笠型の貝殻を持ちますが、「生きた化石」とも呼ばれ、深海に生息しているため研究者ですら滅多に手にする事ができません。ですので、一般の方で絵合わせを試みる方はいないに等しいでしょう。頭足綱はイカやタコの仲間の事で、多くの種で貝殻は内在性(身体の内部に埋もれている)ですが、例外としてオウムガイは大きな貝殻を背負っています。腹足鋼は巻貝の仲間で、現生で最も多様なグループです。基本的には貝殻は螺旋状に巻いていますが、巻きが緩かったり、巻きがほどけて笠型になっているものもいます。掘足鋼はツノガイの仲間で、筒状の貝殻を持ちます。二枚貝鋼はその名の通り二枚貝の仲間で、二枚の貝殻が背中側で繋がっており、軟体部が包み込まれています。
「綱」のレベルまで分かるとヒザラガイの場合であれば、「日本近海産貝類図鑑」の図版で言うと、46ページから55ページまでに絞られました。単なる絵合わせから考えると相当にページ数は絞られたと思います。しかしながら最も多様な巻貝類は、まだヒザラガイの直後の56ページから472ページまであります。さてここから図鑑で巻貝の解説を読み始めようとすると、今度は様々な専門用語が飛び交います。ある種の解説文では「殻は円錐形で、螺層は膨らまない。周縁には1列の突起列が歯車状に張り出す。表面には細い顆粒状の螺肋があり、殻底は平面的で、鱗状彫刻を伴った螺肋をめぐらす。殻底は全面的に灰白色。軸唇と蓋の周縁部は紫色を帯びる。」(日本近海産貝類図鑑 p.761から抜粋)と書かれており、一般の方は「ちょっと何言ってるか分からない(サンドイッチマン風)」となるでしょう。貝殻の特徴には様々な表現が使われますが、模式図を見て何がどこの表現なのかチェックすると良いでしょう(図1)。たくさんの解説文を読んでいるうちに段々と理解できてくると思います。
ただここでギブアップしてしまわないよう、少し簡単な巻貝の分け方を紹介します。例えば‘蓋’に注目して見て下さい。蓋にも種類があり、石灰質でできた硬い蓋を持つものと、角質の薄い蓋を持つものがいます。石灰質の蓋を持っていればサザエやアマオブネの仲間などで、分類階級で言うと「科」のレベルまで落とせます。「科」まで来れば、絵合わせでも何とかなりそうです。
しかしながらここまで来て突き放すようで申し訳ないですが、厳密に「種」まで同定しようと思うと、今度は種内変異や地域変異などもあり、図鑑に図示されたものとは合わないものも多々出てきます。マツバガイは放射状の模様が出るものと、網目状の網様、もしくはその両方が同時に出る3パターンの色彩多型が知られています5)。もし図鑑に1つの色彩型しか掲載されていなければ、他の2パターンは何か分からないと言う事もあり得ます。この辺りはある程度たくさんの個体を見て経験を積むしかないでしょう。貝の研究者であっても、そのグループはよく分からないと言う事もよくある事です。
ちなみに私自身の職業柄、様々な年齢層に対して臨海実習や磯観察を行っていますが、色々な貝類が様々な状態で持ち込まれ、変な同定がされている事がよくあります。「先生、このカニの爪は何ですか?」と言われ見てみると、シノマキガイが割れて殻口の部分だけだったり、「指輪拾いました!」と言われて見ると、マツバガイの殻頂が割れて無くなっているだけだったりと、もはや貝とは思われていない例がたくさん出てきます(図2)。
たくさん経験を積むと少しずつ見分けるポイントが養われていくと思いますので、焦らず気長にいきましょう。
中野智之(京都大学 瀬戸臨海実験所)
参考文献
- 1)奥谷喬司編著:日本近海産貝類図鑑 第二版. 東海大学出版 (2017).
- 2)武田晋一・西 浩孝:カタツムリハンドブック.文一総合出版(2015).
- 3)中野理枝:日本のウミウシ第二版. 文一総合出版(2019).
- 4)中野智之:Q1貝はどんな特徴がある生物なのでしょうか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,2-5 (2023).
- 5)Nakano, T., Sasaki, T. and Kase, T.: Zool. Sci., 27(10), 811-820.
Q3:「カタツムリの『ツノ』とはなんですか?」
A3:童謡の「かたつむり」の歌詞に
♪でんでんむしむし かたつむり
おまえのあたまは どこにある
つのだせ やりだせ あたまだせ
とあります。カタツムリは「ツノ」を持っているのでしょうか?
「ツノ」を持つ動物と言えば、シカやウシ、カモシカ、ヒツジ、イッカクなどが思い浮かびます。恐竜では、トリケラトプスは立派な3本のツノを持っています。昆虫では、カブトムシやツノゼミにはツノがあります。
辞書を紐解くと、ツノとは「動物の、主に頭部にある堅い突起物。骨質(牛・羊・鹿など)または角質(犀)で、闘争に役立つ」と書かれています1)。確かに、シカのオスはツノとツノを突き合わせて闘争しますし、カブトムシのオスもツノを使ってオス同士で闘ったり、ほかの昆虫と争ったりします。
カタツムリの『ツノ』
一方、一般にカタツムリの「ツノ」と呼ばれているものは、実際には触角です。カタツムリのことを漢字で「蝸牛」と書くのも、触角をツノに見立てて、牛のようなツノを持った巻貝というのが由来です。子どものころに、指でツノ(触角)をツンツンつついて遊んだことがある方もいらっしゃることと思います。つつくと、あわてて引っ込めますが、しばらくすると、再びゆっくりと伸びてきます。このような遊びを歌にしたのが、童謡の「かたつむり」ですね。ほかの動物のツノとは違って堅いものではなくやわらかいため、体の中にしまうことができるのが特徴です。しまうときには、靴下を裏返しに脱ぐみたいに反転させ、体の中に引き込みます。
さらによく観察してみましょう。身の回りでよく目にする一般的なカタツムリでは、大きい触角が1対(2本)、その下に小さい触角が1対(2本)、合計2対(4本)の触角があります(図1)。そして、大きい触角の先端には、黒い眼がついています。
カタツムリの触角はやわらかく、闘争に役立ちそうにありません。では、何のためにあるのでしょうか。一つには、眼が触角の先端についていることによって、より高い位置から見ることができる可能性が考えられます。しかし、カタツムリの眼は物の色や形が見えるわけではなく、明暗が分かる程度と言われています2)。カタツムリが這う様子を観察していると、大触角をユラユラ動かして障害物があるかどうかを探っていることがわかります。つまり、大触角は眼の柄であるだけでなく、杖のようにあたりを探ることが大事な役割になっています。這うときには、小触角でも地面や周囲のものを触っています。小触角には臭いや味のセンサーがあり、食べものを探すことができます。
ちなみに、カタツムリの中でもフタを持つヤマタニシの仲間(ヤマタニシ目)やヤマキサゴの仲間(アマオブネ目)は、触角が1対(2本)しかありません(図2)。また、これらの仲間の眼は触角の先端ではなく、根元にあります3)。
最後に1つ注意です。カタツムリには寄生虫がいることがあり、寄生されたカタツムリを食べると、寄生されて病気になることがあります。また、直接カタツムリを食べなくても、カタツムリを触った手でものを食べると寄生虫が口に入る可能性があります。カタツムリで遊んだあとは、よく手を洗ってください。
西 浩孝(豊橋市自然史博物館)
参考文献
- 1)新村 出(編):広辞苑第七版.岩波書店 (2018).
- 2)小田英智・久保秀一:カタツムリ観察事典.偕成社(1997).
- 3)西 浩孝:Q22どんな種類のカタツムリがいますか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,82-85 (2023).
Q4:「カタツムリはどうやって飼うのですか?」
A4:カタツムリは鳴きませんし、飛びませんし、清潔に保てば臭いもほとんどありませんし、散歩に連れて行かなくてもいいですし、とても飼いやすい生きものです。
中型〜大型のマイマイ類は、普通のプラスチック水槽で飼育できます(図1)。底には固く絞ったキッチンペーパーやミズゴケを敷きます。エサはニンジンやキュウリ、キャベツ、サツマイモなど。カルシウム源としてイカの甲(ペットショップで「カトルボーン」という名前で売っています)や砕いた卵の殻も入れておきましょう。乾燥すると殻に閉じこもってしまうため、ときどき霧吹きします。また、エサは腐らないうちに交換し、容器全体を週に1回ぐらい水洗いしましょう。より詳しくは拙著「カタツムリハンドブック」1)をご覧ください。
キセルガイなど小型の種類は、フタ付きのプラスチック透明カップ(100円ショップのキッチンコーナーなどで売っています)でも飼育することができます(図2)。カップの底に固く絞ったティッシュペーパーを敷き、エサとイカの甲を入れます。ティッシュは湿度を保ってくれると同時に、エサにもなります。フタをすると息ができないのではと心配になるかもしれませんが、すき間から空気が出入りするようで、大丈夫です。心配なら小さな穴を開けてください。
飼うのが難しい種類のカタツムリもあります。例えば、琉球列島に生息するアオミオカタニシは、緑色をした美しいカタツムリですが、エサが分からず長期飼育は難しいと言われてきました。ニンジンやキュウリなど、他のカタツムリが食べるエサを食べてくれないのです。最近になってスス病やうどんこ病を食べることが分かり、長期飼育ができるようになりました2)。とは言え、野菜で飼えるほかの種類に比べればエサの確保が大変ですし、繁殖方法はまだ確立されていません。
カタツムリを飼育する目的は、単にペットとして楽しむだけではありません。
観察、研究しよう
カタツムリの好きな食べものは?ウンチの色は?歩く速さは?剣山の上を歩けるの!?などなど、自由研究のネタに事欠きません。いろいろ実験してみましょう。
また、カタツムリの生態はあまり研究されておらず、飼育によって明らかにできることが山ほどあります。まだ発表されていない発見があったら、ぜひ貝類学会の研究連絡誌「ちりぼたん」や、地方の貝類同好会の会誌などに報告しましょう。
きれいな標本をつくろう
野外で採集したカタツムリは、若い個体は美しいですが、老成個体は摩耗している場合があります。また、キセルガイの仲間は、貝殻の内側のヒダが同定に重要なのですが、老成した個体では貝殻が厚くてなかなか観察が難しいものです。一方、繁殖させて成貝まで育てれば、非常に美しい標本を得ることができます。
最後まで責任を持って飼おう
飼えなくなったとしても、野外に放すのは絶対にやめましょう。本来そこに生息していない生きものを放すと、元々そこにいた生きものが競争に負けて絶滅してしまうなど、予測のできない悪影響が出る可能性があります。また、カタツムリは移動能力が低いため、地域ごとに独自の進化を遂げています。もし、ほかの地域から連れてきたカタツムリを、同じ種類が生息している地域に放すと、元からいたカタツムリと交雑して遺伝子が混ざり合ってしまいます(遺伝的撹乱)。それによって、何百年〜何万年もかけてその地域に適応して進化してきた独自の遺伝子が失われます。また、飼育中に病気や寄生虫に感染している可能性もありますので、元の場所に放すのもお勧めできません。
一般的なカタツムリは雌雄同体3)ですので、成体のカタツムリを2個体飼っていると交尾をしてそれぞれが卵を産みます。種類によっては1個体が100個以上の卵を産みます。それが全て大人になったら、飼うのはスペース的にも世話も大変です。何らかの事情で飼えなくなったら、飼ってくれる人を探すのが一つの方法です。その場合には「絶対に野外に放さないで」とお願いしてください。飼ってくれる人が見つからなければ、標本にしましょう。その覚悟がないのであれば、飼うのを諦めましょう。
西 浩孝(豊橋市自然史博物館)
参考文献
- 1)武田晋一・西 浩孝:カタツムリハンドブック.文一総合出版(2015).
- 2)https://note.com/bunichi_books/n/n96f6ec6e45ba
- 3)中野智之:Q17貝はオスとメスに分かれているのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,64-67 (2023).
- 4)松橋利光:その道のプロに聞く生きものの飼いかた.大和書房(2016).
Q5:「他の貝を利用する貝はいるのですか?」
A5:「利用する」という文字を見ると、寄生関係がイメージしやすいかと思います。寄生関係は寄生する側(寄生者)が利益を得る一方で、寄生される側(宿主)は不利益を被る関係です1)。しかし、貝の中には他の貝を利用しつつも、このような関係に当てはまらない場合もあります。ここではそのような関係をいくつか紹介します。
移動の足として利用する
アマオブネガイ科の中には、成体の頃は河川で過ごしますが、卵から孵った子供は浮遊幼生として海まで流されたあとしばらく海で過ごし、大人になるとともに河川を遡上して残りの生涯を過ごすという生活環を持つグループがいます。このように成長過程で河川と海を行き来する事を両側回遊といいます。アラハダカノコという種は、稚貝の頃に両側回遊性である近縁種カバクチカノコの亜成貝の殻に付着することが知られています。これは、海から河川へ遡上するカバクチカノコに付着することで、アラハダカノコが本来遡上に必要なエネルギーを削減していると考えられています2)(図1)。
住処として利用する
カサガイ類の中には他の貝類の殻に付着する種がいくつか知られています。例えば、干潟に生息するツボミという種では、干潟に生息する巻貝であるウミニナ類に付着して生活することが知られています(図2)。一般に、岩などの硬い基質に付着して生活するカサガイ類ですが、ツボミの場合は岩などの基質に乏しい干潟環境に適応するため、干潟に多産するウミニナ類の貝殻を利用するようになったと考えられています3)。また同じように干潟を含む内湾域に生息するシボリガイという種は、内湾環境に多産するカキの殻に特異的に付着しています。
さらに同じくカサガイ類の例として、日本の温帯域の岩礁域に生息するコモレビコガモガイは、主に稚貝の時に他の貝類に付着することが知られています(図3)。興味深い点として、ツボミの場合、付着の対象となる巻貝はウミニナ類に限られますが、コモレビコガモガイの場合は藻食性の巻貝であるクボガイ類や肉食性の巻貝であるアッキガイ類をはじめとして、同所的に生息する幅広い巻貝類に付着します。コモレビコガモガイの場合は付着対象となる種の幅が広く、その環境において個体数の多い種に付着していると考えられています4)。ツボミやシボリガイ、コモレビコガモガイのいずれも、巻貝や二枚貝に付着することで餌や住処といった、住環境を得られていると言えます。
さて、今回ご紹介したような関係は、いずれも一方(付着する側)は利益を得られるが、もう一方(付着される側)は不利益を被らない(あるいは、あっても無視できる程度にごく小さい)と考えられています。このような関係性を片利共生(commensalism)といいます。より詳しく解説すると、(1)のように移動の足として利用する関係を運搬共生(phoresy)、(2)のように住環境として利用する関係を住み込み共生(inquilinism)と呼びます。
今回は貝類―貝類間の片利共生を紹介しましたが、他にも多毛類や甲殻類などの共生相手が知られています。貝類の片利共生についてはまだまだ研究途中であり、今後も研究が進んで新たな関係が明らかになっていくことが期待されます。
中山 凌(青森県産業技術センター)
参考文献
- 1)高野剛史:Q21 寄生貝と寄生虫はどう違うのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,78-80 (2023).
- 2)Kano, Y.:Biol. Lett. 5(4), 465-468 (2009).
- 3)Nakano, T. and Ozawa, T.:J. Molluscan Stud., 71(4), 357-370 (2005).
- 4)Nakayama, R., Nakano, T. and Asakura, A.:Molluscan Res., 42(1), 31-40 (2022).
Q6:「貝の栄養分が豊富な時期はあるのですか?」
A6:はい、あります。いわゆる「旬」と言われる時期が、それにあたります。ただし、種類が違えばその時期は違っていて、同じ種類であっても地域が違えば異なる場合が多いものです。
貝の「旬」と栄養成分の季節的な変化
貝の体(軟体部)の中には、生命活動のエネルギー源となるグリコーゲン(糖質の1種)や脂質(脂肪のこと)、私たちの体を作り上げているタンパク質やその構成成分であるアミノ酸などが豊富に含まれています1)。日々の食事に魚介類が欠かせない水産大国の日本では、こういった栄養成分の含有量が食材として有名な貝で詳しく調べられています。その結果、それぞれの貝の「旬」には栄養成分の含有量が高くなっていることが、アサリ(図1)2)、ヤマトシジミ3)、セタシジミ4)、マガキ5)、ホタテガイ6-7)などで確かめられています。そしてその「旬」とは、多くの場合、貝たちが水中に卵と精子を放出して受精卵を作り出す産卵期の少し前、つまり、数多くの卵や精子を作り出すために、体の中に大量の栄養成分をため込む時期に当てはまると考えられています2-6)。
多くの貝の産卵期は夏、だから春が旬になる
貝たちの多くは、夏、6月から8月に産卵期を迎えます。例えば、145種の巻貝を調べた研究では、86種、59.3%もの貝の産卵期は夏だったことがわかっています8)。多くの貝たちは、その夏を迎える前の春に、栄養成分をせっせと体の中に溜め込んで卵巣や精巣を発達させ、数多くの卵と精子を作っていくわけです。春は、水温が高くなって、貝たちの食物となる細菌や植物プランクトンや海藻や動物プランクトンの生産活動が活発となり、その量もぐんと増える時期に当たります。その季節に合わせて、多くの貝たちは春の活発な摂食・成長・成熟期と夏の産卵期を進化させてきたわけです。その結果、春に「旬」を迎える貝が多くなったと考えられています。
春は貝の季節
実際、日本で、貝が最も話題となる季節は、なんと言っても春。大潮の日のお昼に干潟が広く現れ、水面をわたる風も暖かくなり、水も温(ぬる)んで晴天も続く、潮干狩り(図2)の絶好の季節です。そこで獲れたハマグリ(蛤)やアサリ(浅蜊)などのおいしい二枚貝がたくさん手に入り、店頭に並ぶ時期でもあります。
俳句で使われる季語を集めた歳時記では、「干潟」「潮干狩り」「蛤」「浅蜊」だけでなく、「飯蛸(イイダコ)」「桜貝(サクラガイ)」「栄螺(サザエ)」「蜆(しじみ)」「馬刀貝(マテガイ)」「磯遊(いそあそび)」「貝合(かいあわせ:同じ個体の2枚の殻を探す、かるたの原型となった平安時代からの遊び))」「貝寄風(かいよせ:陰暦2月20日頃に吹く、貝殻を浜辺に吹き寄せる西風)」も、春の季語とされています9)。貝とそれにまつわる行事や風習は、確実に日本人の味覚や感性や文化に大きな影響を与えています。
ただし、種類が違えば成長期や産卵期が違っており、同じ種類であっても、地域、年毎の水温、海況の違いによって少しずつその時期がずれています10)。したがって、栄養分に富んだ貝を食べられる旬の時期も、種類や地域や年によって、当然、少しずつ違っています。
春以外が旬の貝
春以外が旬の貝も、少なからずあります。貝には珍しく冬の季語になっている牡蠣(マガキ)の旬は冬。本種の名産地である広島県のマガキのグリコーゲン量は、6月から8月の産卵期が終わった9月に最低となり、10月から上昇し始めて2月から4月にピークを迎えます5)。夏の季語となる帆立貝(ホタテガイ)の旬は、もちろん夏。日本では東北地方と北海道だけに棲む二枚貝です。北海道東部では、6月から8月に閉殻筋(貝柱のこと)の中のグリコーゲン、タンパク質、アミノ酸の量が最も多くなることがわかっています6)。ただし、この時期は、4月と5月の産卵期の後であり、産卵直後から翌年の産卵に向けて貝柱に栄養成分を急速に蓄積していく7)ために、その中の栄養成分の含有量が最も多くなるわけです。その後、栄養成分が卵巣や精巣に移って生殖巣は産卵期の直前に最も大きくなりますから、卵巣や精巣を賞味する場合の旬は2月から3月です。つまり、ホタテガイの貝柱の旬は夏、生殖巣の旬は2月から3月であり、旬が1年に2回あるわけです。
季語も旬も春であるアサリには、地域によっては春だけでなく秋にも産卵期があり、それぞれの時期の少し前にグリコーゲンが増加することが知られています2)。淡水と海水が混ざる川の河口や汽水湖に棲んでいるヤマトシジミ(図3)も、おいしい旬が1年に2回あると言われており、それぞれ「土用しじみ」と「寒しじみ」という言葉で呼ばれています。「土用しじみ」は、土用の丑(うし)の日の前後の盛夏、7月下旬から8月上旬であり、9月と10月の産卵期の前にあたります。「寒しじみ」は1月から2月の厳冬にあたる時期です。福岡県の北部では、タンパク質の含有量は「土用しじみ」とその前後の6月から9月にかけて著しく増加し、グリコーゲンは「寒しじみ」の時期を含む12月から3月の長期にわたって増加していました3)。夏冬2回の旬が栄養成分の研究で確かめられたわけです。ただし、「寒しじみ」に当たる時期は産卵期の前でも直後でもありません。このように、旬と産卵期と栄養成分の含有量との関係も、貝の種類や食べる部分の違いによって、様々なパターンがあることがわかっています。
栄養成分の量とおいしさの関係
ただし、栄養成分の含有量の多さが「おいしさ」と直結しているわけではありません。食べ物の「おいしさ」は、旨(うま)味、酸味、甘味、苦味、塩味のバランスで決まりますが、グリコーゲンやタンパク質自体は味を感じさせる物質ではなく、味のないアミノ酸も多いからです11)。また、味覚を担う物質の含有量の季節的な変化、つまり旬との関係を明らかにした研究も、まだそれほど多くはありません6)。 それでも、グリコーゲンが分解されてできるブドウ糖(生命活動のエネルギー源となる糖質)は少し甘味のある物質で、このブドウ糖からエネルギーを取り出す解糖系やクエン酸回路という化学反応の途中でも、酸味を持つクエン酸や、アミノ酸を作るために必要な幾つもの有機酸と呼ばれる物質が作り出されます11)。タンパク質を構成しているアミノ酸では、グルタミン酸は強い旨味とかすかな甘味と塩味、アスパラギン酸は酸味と旨味、アラニンは強い甘み、リシンは甘味・苦味とかすかな旨味を感じさせてくれることが知られています12)。グリコーゲンやタンパク質が多い時期には、それを作り上げるブドウ糖やアミノ酸などの代謝も盛んであって、おいしさに関わる化学物質が貝の中にたくさん含まれていることが大いに予想されます。
貝食文化を楽しんでください
栄養分に富んだ貝をおいしくいただくコツは、その貝の旬の時期を知ることであり、それには、それぞれの地域の漁師さんや鮮魚商さんに聞くことが一番です。ただし、野外の貝を自分で獲って食べることは、自由にできるわけではありません13)。また、干潟に棲むアサリやハマグリやシジミ類の漁獲量は激減しています14)。採集マナーを守り、乱獲や貝の棲む環境の悪化に厳しい目を向けつつ、1年を通して様々な貝を食べることができる日本の貝食文化を、是非、堪能してください。
岩崎敬二(奈良大学文学部)
参考文献
- 1)品川 明:Q36牡蠣やしじみは健康に良いといわれていますが、どのような成分が含まれていますか?貝の疑問50 (日本貝類学会編), 成山堂書店, 138-141 (2023).
- 2)白石 淳・長 修司・三島かおり:日本家政学会誌, 46, 313-319 (1995).
- 3)白石 淳・長 修司・笠谷 (三島) かおり:日本家政学会誌, 47, 861-868 (1996).
- 4)鈴木友二:薬学雑誌, 71, 204-206 (1950).
- 5)新川英明:牡蠣の生物学, 共文社 (1929).
- 6)木村稔・今村琢磨・成田正直・潮 秀樹・山中秀明:日本水産学会誌, 68, 72-77 (2002).
- 7)宮園 章・中野 広:北海道立水産試験場研究報告, 58, 23-32 (2000).
- 8)網尾 勝:水産大学校研究業績, 392, 15-144 (1963).
- 9)山本健吉(監修):歳時記第1巻句歌春夏, 集英社 (1989).
- 10)瀧 庸:日本水産学会誌, 15, 479-486 (1949).
- 11)斎藤幸子・小早川達雄(編集):味嗅覚の科学―人の受容体遺伝子から製品設計まで, 朝倉書店 (2018).
- 12)北岡千佳・品川 明・良永裕子:戸板女子短期大学研究年報, 55, 27-30 (2012).
- 13)木村昭一:Q33磯にいる貝はすべて食べられますか?自由に採集して良いのですか?貝の疑問50 (日本貝類学会編), 成山堂書店, 126-129 (2023).
- 14)木村妙子:Q42絶滅危惧種の貝はいるのですか?貝の疑問50 (日本貝類学会編), 成山堂書店, 160-165 (2023).
Q7:「性転換する貝はいますか?」
A7:多くの貝はオスとメスが分かれていますが、同一個体の中でオス,メス両方の機能をもっているものもいて、それらを雌雄同体といいます1)。雌雄同体の中には、オスとメスの生殖器官を同時に持つ雌雄同体と、性転換をするものがいます。性転換する貝類は、巻貝や二枚貝類で報告されていますが、その中でも巻貝でよく研究が進んでいます。それはなぜかというと、巻貝は生殖器の形でオスとメスが区別しやすく、オスだった個体がメスに変わった、といった観察がしやすいためです。一方で、二枚貝類はオスとメスが見た目では区別できないことが多いので、少し工夫が必要です。
二枚貝の性判別
二枚貝のオスとメスを区別するためには、外見ではよく分からないので基本的には生殖巣から精子や卵を取り出して顕微鏡下で観察する必要があります。ただし、性転換を直接観察するためには、二枚貝を殺さずに生殖巣の一部を取り出す必要があります。例えば、カキ類では塩化マグネシウム(にがり)を水道水に溶かし、その中に入れることで麻酔をかけることができます。カキに麻酔がかかると普段はぎゅっと閉じている口が少し開くので、注射針をその隙間から差し込み、生殖巣から精子や卵を取り出します2)(図1)。そうやって生かしたまま性判別を行うことで、オスだった、もしくはメスだったカキが次の確認時に性転換しているかどうかを観察することができます。
タイラギでは麻酔をかけることなく、開口器等を使って口を少し開けることができ、生殖巣が発達している時期には比較的簡単に観察することができます。タイラギの繁殖期は夏で、春から生殖巣が発達して色(精巣:白色、卵巣:赤色)がつくので、春先から夏にかけては麻酔をかけたりせずに性別が分かるようです。
性転換の方向
カキ類を含む二枚貝類の性転換は、小さな個体でオスが多く、大きな個体でメスが多いことからオスからメスに性転換すると考えられてきました。これを「雄性先熟」と言います。カキ類では同一個体を追跡して性転換を確認してみると、オスからメスに変化する個体だけでなく、メスからオスに変わる個体も存在することが分かりました2)。このように、オスからメスだけでなく、メスからオスへも性転換を行う場合を「双方向性転換」と言います。双方向性転換は、カキ類のほかにもカサガイ類やヘビガイ類でも報告されています。
一方で、タイラギでは、オスだった個体が雌になることはあっても、メスがオスに変わることはないようです3)。貝類の性転換の方向がどのように決定されているのか、メカニズムはよく分かっていませんが、直接観察すると色々なパターンがあることが分かります。
安岡法子(大阪府立環境農林水産総合研究所 水産技術センター)
参考文献
- 1)中野智之:Q17貝はオスとメスに分かれているのですか?貝の疑問50(日本貝類学会編),成山堂書店,64–67 (2023).
- 2)Yasuoka, N. and Yusa, Y.: J. Molluscan Stud., 82(4), 1-7 (2016).
- 3)松本才絵・舩山翔平・淡路雅彦・多賀 茂・ 安部 謙・兼松正衛:水産技術,16(1),35–41(2023).